大学でもらった「タテエツ」という名前【マイストーリー3】

私のこれまでの事を書いています。

前回まではコチラ
マイストーリー1
マイストーリー2


『これからの時代は、女の人だって
一人で生きていけるようにならんといけんよ。』

それが、私が幼いころからの母の口ぐせでした。

 

母は専業主婦でしたが、
それゆえの苦労もいろいろあったようで、
『自分の娘には苦労させたくない。』
そんな気持ちが強かったようです。

 

「女性も学ぶこと・手に職をつけることが必要」

そんな思いは、物心ついた時から
私の中にしみこんでいたように思います。

 

そんな私。

幼いころからの家に対する
コンプレックスもあって、
(マイストーリー1参照→★★★)

住宅の新聞広告を見ながら、
間取りを想像するのが好きでした。

 

「みんなが心地よく過ごせる家を作ってみたい!!」
「建築士になろう!」

 

そんな思いを胸に、地元広島の大学へ。

 

大学で過ごした4年間は、私にとって
色んな思い出の詰まったかけがえのない時間です。

 

改めて書きますが、私は自分の感情を
外へ出すのがとても苦手で、不器用でした。
人と関わることもすごく怖かったんです。

 

これまで出会った友達、人。経験した出来事。
たくさんのきっかけをもらったから、
今の私があるとしみじみ思います。

 

私の「タテエツ」というニックネームも、
大学時代の友人たちがつけてくれたものなんです。


いつもみんなでお昼を食べていた
学生ラウンジ。その日はたまたま
私が遅れて合流しました。

 

「お~~~きたきた!
かけさん、今日から”かけえつ”やで!」
(旧姓は”カケ”でした。)

 

・・・は?( ゚Д゚)???

 

「そういえば呼び方まだないな~、
なんか、ニックネームつけようや!
ってなって。

 

いろいろゆーたんやけど、
トヨエツ(豊川悦司)意識して
カケエツ(かけ悦子)はどうや!!って。

どうや、ええやろーーー♪(ドヤ顔)」

 

・・・この時のドヤ顔(笑)
皆が座っていた席の位置。
今でもはっきりと覚えています。

(あ、ドヤ顔は良い意味ですよ♪)

 

普段は普通に接していても、
常に心のどこかで
「私が人の輪の中にいていいんだろうか?」
そんな不安を抱えていた私にとって、

私がいない場所で、こんな風にみんなが
考えてくれていたことがとてもとても、
とても嬉しくて。

 

このニックネームは、私にとってすごく
大切な宝物になりました。


だから、結婚して苗字が変わっても
バージョンアップ(笑)してこの名前は健在。

将来「タテエツおばあちゃん」と呼ばれるのが
密かな夢です(笑)

 

続きます。

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プロフィール


1級建築士・構造設計1級建築士。
トリノメ工房 手帳職人。

構造設計を15年間経験し、その間に自分で手帳を作り始める。

現在は、夫と設計事務所を運営しながら、オリジナルのトリノメ手帳を製作しています。

プロフィール詳細はこちらをご覧ください→★★★

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