ノッポさんはまるで神様。手作りを始めた子供時代【マイストーリー1】

こんにちは。タテエツです。

 

私が一級建築士になり、手帳職人になるまでを
ちょっとずつ書いていこうと思います。

何回かに分けますので、良かったら
お付き合いください(^^)

 

 

私は、昭和52年12月に、広島の
五日市というところで生まれました。

 

父は左官職人。
母は専業主婦。
ちなみに、母方の祖父は大工でした。

 

母はそれまでに流産を2回経験していたため、
無事に生まれた事をとても喜んで、
「この悦びを奪うものはない」という、
聖書の一文から、「悦子」と名付けたそうです。

 

とてもおとなしい子で、外に出て
はしゃぎまわるよりも、家の中で静かに
遊ぶ方が好き。

 

最近にしては珍しい、4人兄弟。
私は長女です。
家の中は、いつも賑やか大騒ぎでした。
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(↑私が9~10歳の頃)

 

 

当時住んでいた家は、工事現場に
よくある、現場事務所のような倉庫の
2階でした。

 

中はキレイで広くて、快適だったんですが、
なにせ見た目が古い倉庫だったので、
近所の男の子達に

 

「お前の家はボロ屋だ、お化け屋敷だ」

 

と、からかわれたり、イジメられたり。
小学生の男の子にありがちでしょ(^_^;)

 

母は、『気にしなきゃいいのよ』
と、言ってくれましたが、幼心に
気にしないことができなかった私(苦笑)

 

逃げるように、インドア派になりました。

 

今なら全然平気なんですけど(^_^;)
当時は、立ち向かう気の強さを持ち合わせて
いなかったんですよね。

 

私もその点では強くなりました(笑)

 

市販のおもちゃを滅多に買わない主義の家庭で、

「欲しいなら自分で工夫してつくりなさい」と、

■ お菓子の空き箱
■ ヤクルトの容器
■ プリンカップ etc

こういうものが常に沢山ストックされていました。

 

「できるかな」というNHKのこども番組を
見ながら、メキメキと工作の腕を上げた私たち。

ノッポさんは、私にとってまさに「神様」でした(笑)

2

(画像はお借りしています)

 

「自分で作る」

 

そんな根っこは、この頃に育ったように思います。
そして、手帳の根っことも言える中学から高校時代へ。

 

続きます。

 

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プロフィール


1級建築士・構造設計1級建築士。
トリノメ工房 手帳職人。

構造設計を15年間経験し、その間に自分で手帳を作り始める。

現在は、夫と設計事務所を運営しながら、オリジナルのトリノメ手帳を製作しています。

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